2017年07月29日

ブログの移転のお知らせ


ブログを移転しました。

新しい場所はこちらです。

掲載記事を全て移しましたので,過去記事もそちらで読めます。

今後の更新は新サイトになりますので,よろしくお願いいたします。

posted by Sakyo K. at 17:31| Comment(0) | TrackBack(0) | お知らせ

2017年07月27日

京都迎賓館見学記(1)


京都御所を見学したつづきです。暑さに負けそうでしたが,昼食を食べ涼んだら復活しました。
京都御所の隣の京都迎賓館に行ってみることにしました。

ネットで調べた限りでは,当日整理券を配付しているとのことです。「もうお昼過ぎだし、残ってないかも」と思いましたが,とりあえず行ってみることに。(後日気付いたのですが,京都迎賓館のツイッターがあり、当日整理券の情報も出ていました。)

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現在14:20。
ガイドツアーの整理券、ありました! 15:00からのツアーに入れるそうです。
うれしい。

なお、京都迎賓館の参観には (1)自由参観方式 と (2)ガイドツアー方式 の2種類あり,時期によって変わります。
2017年7月27日〜8月は自由参観方式だそうです。
私が参加した時はガイドツアーでした。
入館料は、自由参観方式の場合1000円です。(ガイドツアーの場合は1500円でした。)

ツアーの30分前に中に入り準備をします。
まず金属探知器による検査と手荷物検査を受け,チケットを購入し、荷物はロッカーに預けます。写真撮影はOK(三脚禁止・フラッシュ禁止・動画撮影禁止です)。時間が来るまでしばらく待ちます。

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正面玄関の前・車寄せに来ています。写真(左)は,車寄せから見た正門。海外からの賓客は,車で正門を通り正面玄関前で降車するそうです。
写真(右)は、車寄せの庇を入れて正門方向を撮りました。
正面玄関の扉は、樹齢700年の欅の一枚板です。ここから入ります。

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玄関を入り,左側を向いたところ。(見学コースは右です。)

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聚楽の間です。ロビーとして位置づけされる空間です。晩餐会や大臣会合などが行われる時には,随行員の待合となるなど、多目的に利用されています。右写真はそこのイスをアップで撮影。

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「初公開」だそうです。投扇興と屏風。

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この明かりはお気に入り。
釘などの接合金物を使わず、ホゾを組み合わせて作る「指物」の技術で作られています。

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「夕映えの間」に来ました。会議や立礼式のお茶のおもてなし,晩餐会の待合として使われます。
壁画のある壁は可動式になっていて,部屋のサイズを変えられます。

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雨が強まってきました。

(つづく)
 
posted by Sakyo K. at 21:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 建築

2017年07月26日

京都御所見学(2)


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宜陽殿の横を回り込むと、紫宸殿の裏側になります。

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その隣に「清涼殿(せいりょうでん)」があります。平安時代中期以降、天皇の日常的な住まいとして使われた御殿です。1590年に「御常御殿(おつねごてん)」に住まいを移してからは、主に儀式の場として使われたとのこと。現在の建物は1855年の造営です。

少し戻って,北へ向かいます。

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こちらは「小御所(こごしょ)」
江戸時代は将軍や大名など武家との対面や儀式の場として使われました。明治維新の「小御所会議」もここで行われました。
が、昭和29年に火災で焼失してしまい,現在の建物は昭和33年の復元なんだそうです。

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ここには「蹴鞠の庭」という札が立てられていました。

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その隣の建物は「御学問所(おがくもんじょ)」。明治天皇が王政復古の大号令を発せられたのはここだそうです。

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こちらは「御常御殿(おつねごてん)」。清涼殿の中に設けられるようになっていた常御所(つねごしょ)が、1590年に建物として独立しました。中には15の部屋があるそうです。
これは東の面。

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まだ奥に建物はありますが,見学で行けるのはここまでです。

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折り返して御常御殿の南を通り、出口に向かいます。右の写真は,御常御殿とつながっている「御三間(おみま)」という建物です。もともとは御常御殿の一部だったものを独立させた建物です。

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御三間の中の杉戸絵をズームで撮影。

後半は暑さでボーッとしてきたので、記憶があいまいです。
写真と現地の案内表示,それから頂いたパンフレットを参考に書きました。

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最後の写真は、出口のところで見えた倉らしき建物(見学コース外)です。
以上で,京都御所の見学を終わります。
posted by Sakyo K. at 21:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 建築

2017年07月25日

京都御所見学(1)


奈良見学の翌日は、京都に移動しました。
京都御所に来ています。
事前申し込みが必要なくなっているので、見学しやすいです。
御所の西側にある「清所門(せいしょもん)」から入り、中を歩いています。

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これは「宜秋門(ぎしゅうもん)」。清所門の南側にあります。内側からの写真です。

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「諸大夫の間(しょだいぶのま)」は参内した者の控えの間です。

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「新御車寄(しんみくるまよせ)」
大正4年に、大正天皇の即位礼が紫宸殿で行われるにあたり、馬車による行幸に対応する玄関として新設されたものです。

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敷地の南側の塀のところまで来ています。この門は「建礼門(けんれいもん)」です。こちらが御所の正門にあたります。

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建礼門の近くまで来ました。

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建礼門を背にして北側を向くと「承明門(じょうめいもん)」、その奥が「紫宸殿(ししんでん)」です。承明門は「しょうめいもん」かと思っていましたが,現地の立て札には「Jomeimon Gate」とあったので、そちらに合わせました。

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回廊をくぐると、紫宸殿が見えます。御所で一番格式が高い場所で,即位礼が行われた場所です。

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すぐにまた回廊から出なくてはなりません。回廊の外側沿いに北へ歩きます。
そこに、桧皮葺き屋根の実物模型が展示してありました。

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「春興殿(しゅんこうでん)」は改修工事中。

↓こちらは紫宸殿の東にある「宜陽殿(ぎようでん)」。
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この感じ,好きですね。
(つづく)
posted by Sakyo K. at 21:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 建築

2017年07月24日

ポップアップカード(奈良県の建築)


最初にお知らせです。
世界遺産のポップアップカード、カナダのノートルダム大聖堂の型紙が,印刷設定が間違っており,印刷できない状態でした。申し訳ありませんでした。
修正しましたので、必要な方はご確認ください。


さて。
奈良県の建築をアップロードしました。…かなり疲れました。作品の更新に比べたら,ブログを毎日更新するなんて10倍くらい楽ですね。(あ、もちろん私個人のサイト・ブログについてだけの話ですよ)

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実際の建物を見学したので、旧奈良監獄を製作しました。
左側が正門、右側が本館です。
自分で撮影した写真があるので、作品ページではその写真も合わせて掲載してあります。実際の雰囲気をうまく出せているでしょうか。ご感想などいただければ幸いです。

型紙は,本館は折りにくくて苦心したので,折りやすい方の正門をアップロードしました。細い部分がありますので、千切れないように気をつけて製作してください。

パスワードですが,しばらく手動送信にします。自動返信よりパスワードリクエストは減ると思いますが,手動送信にしてからメールを送ってくださる方々はきちんと感想をお伝えいただいているので,このほうが良い気がしてきました。

自動返信だと、作者の存在が見えにくいせいで「どう使ってもいい」みたいになりやすいのかも知れません。無料だから何してもOKみたいに考えている方や、「無料なんだから昔の型紙もタダでくれよ」(という内容を丁寧な口調でおっしゃるんですよ)とか言う方には来ていただきたくないので、もう少し手動返信を続けてみます。
もし無礼なメールなら、パスワードを送らないという対応もできますし。
 
posted by Sakyo K. at 23:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 近畿の近代建築 POP-UP

2017年07月23日

ポップアップカード 近日公開


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現在製作中です。
日曜日の更新を目標にしていたのですが、ちょっと間に合いませんでした。なかなか本サイトの方が更新できていないので、少しは新作の動きもお見せできれば,と思い予告編です。

題材は、最近のブログの流れからいって当然、奈良県の建築です。
一度折ってはみたのですが,修正が必要となったので、完成したらアップロードする予定です。

そんなわけで、あと少々お待ちください。
posted by Sakyo K. at 23:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 近畿の近代建築 POP-UP

2017年07月22日

東大寺の特別公開・俊乗堂と大湯屋


私の申し込んだ旧奈良監獄の見学は午後からだったので,午前中は東大寺を回りました。
東大寺では,7月1日から31日まで,「俊乗堂」と「大湯屋」を特別公開しています。

…という予備知識はなかったので,とりあえず東大寺ミュージアムに入ったんです。
展示物の中に東大寺の文書がありました。そこに浴場(大湯屋)のことが書いてあり,湯沸かしにかかった費用が「○月○日 △△文」と毎回記録されていたんです。(単位は確か「文」だった気がしますがうろ覚えです。違うかも。)
で、「お湯を沸かすにもお金はかかるんだねえ」と面白がって資料を見ていたら「ただいま特別公開中!」みたいなことが書いてあったんです。係の方に訪ねたところ場所も教えていただきました。
急きょ,行くことに決定。

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俊乗堂(しゅんじょうどう)は、重源上人の遺徳をたたえて、公慶上人が江戸時代に建てたお堂です。中に「重源上人座像」が安置されています。普段は年に2日しか公開しないのですが、今回は特別とのこと。
写真ではよく見る座像ですが、素晴らしい像でした。

その後「大湯屋」へ。
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一般初公開だそうです。こちらは内部の写真も撮れました。

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建物に入るとこんな感じ。この写真で人がいるさらに奥に「鉄湯船」があります。

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これが「鉄湯船」。建久八年(1197)年に作ったと銘文が刻まれているとのこと。当時は掘った穴に据え付けてあったので、この写真より低い位置にあったそうです。
お湯を張っておき,かけ湯方式で使ったとのこと。

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お湯は鉄湯船で沸かしたわけでなく,釜場で沸かして鉄湯船に運んだらしいです。釜場には入れなかったので、のぞいて写真だけ撮りました。天井から煙が抜けるように作られています。

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これはあとで横を通った時に撮ったもの。写真の左側、煙出しのあるところが釜場です。
このあと旧奈良監獄に向かったのでした。

posted by Sakyo K. at 23:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 建築

2017年07月21日

古都奈良の情景〜明治・大正・昭和時代〜


奈良市美術館(イトーヨーカドー奈良店5階)で「古都奈良の情景」という写真展が開催されています。

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古い写真を見るのは好きなので,是非見たいと思い行ってきました。これはその時いただいたポスターです。

ブログの記事では前後していますが、実際は旧奈良監獄の見学より先にこちらを見ています。

美術館なので中の撮影はできません。
でも廊下にも何点か写真が展示してありました。ガラスに照明が反射して映ってしまっていますが、写真を掲載します。
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上は,「奈良県巡査教習所」大正9年頃の撮影。
下は「奈良県知事公舎表門」昭和3年頃の撮影だそうです。(写真の提供はどちらも奈良市立飛鳥小学校です。)

巡査教習所というのは,戦前に設置された巡査養成機関です(現在の都道府県警察学校に相当します)。奈良県の巡査教習所がいつ設置されたのかは分かりませんでしたが,内務省が最初に巡査教習所を設けたのが明治12年。その後各府県に設置が進められ,明治19年には基準を決め,未設置の府県には設置を義務づけたそうです。

知事公舎の門は現在も残っているものですよね?(現地を確認してないのですが,ネット上の写真を見ると同じもののようです。)

会場内には300枚以上の写真が展示されています。
私が印象に残っているのは、明治時代に撮影された東大寺大仏殿の写真です。
…ボロボロだったんです。瓦は一部落ちちゃってるし,屋根は波打っているし,柱はなんか傾いているし。
現代の大仏殿しか知らないので,こんなにひどい状態だったとは思っていませんでした。

東大寺のHPによると、明治10年ごろから修理計画が検討されはしたものの,日清・日露戦争もありなかなか取り組めず、本格的な修理は明治39年からでした。このときの修理では鉄骨のトラスが組み込まれ、今も大屋根を支えています。「大仏殿落慶供養」が営まれたのは大正4年のことでした。

***

写真展「古都奈良の情景」は,8月13日まで開催されているそうです。(原則:月曜休館)

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最後の写真は,屋上に上って平城宮跡を撮影したものです。このときは私はまだ棚田嘉十郎のことも知らなかったのです。
posted by Sakyo K. at 22:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 美術館・博物館

2017年07月20日

平城宮阯保存主唱者 棚田嘉十郎


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般若寺の入り口のところに「歴史の道」の案内図がありました。帰りはこの道を東大寺まで歩いてみることにしました。

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向こうに大仏殿が見えます。手前のガードレールが,歴史の道の一部です。

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途中に「空海寺」というお寺がありました。事前知識は何もなかったので,ちょっとのぞいてみました。門には格子の扉があり、閉まっています。鍵はかけてなかったので、開けて入ってもよさそうな雰囲気でしたが、そこまでにしておきました。

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門の右側にお墓があるのに気付きました。
「平城宮阯保存主唱者 棚田嘉十郎墓」とあります。

(以下はあとでネットで調べたものです)

棚田嘉十郎(たなだ かじゅうろう)1860~1921。
植木職人として奈良公園などの植栽を手がけていた人物です。

平城宮跡は江戸時代末から研究されていましたが、明治時代,関野貞(せきの ただし/東大教授・建築史学者)の研究で世間に知られるようになったようです。

棚田は奈良見物の人たちから平城宮のことをたびたび聞かれたが答えられなかったので,実際に平城宮の大極殿跡を見に行きました。ところがまったく整備されていないのを見て「これが皇居の跡と言えるのか」と悲しみ、保存運動を始めました。棚田の保存運動の原動力は,尊皇の深い思いからだったようです。
1906年に「平城宮阯保存会」を組織し,私財を投じて政財界の要人らに陳情を重ねました。彼自身の生活は困窮を極めていたようです。

1910年に平城遷都1200年祭が行われ,1913年には「奈良大極殿趾保存会」(会長:徳川頼倫)が設立されました。
その後大極殿跡地の買い取りを計画します。しかし、保存会に土地を寄付するという話で資金を出した宗教団体が,土地を個人所有にしようとしているのが発覚して問題になりました。棚田は、このときのトラブルのため(責任を感じてか)自害してしまいます。

その後、買収地はほとんどが国に献上され,1922年に「平城宮第二次大極殿と朝堂院跡」として史跡に指定されました。なお、1936年に行われた「史跡名勝天然物記念保存協会25周年記念式典」では、棚田嘉十郎は溝辺文四郎とともに「当局相手の抗争を繰り広げた保存事業功労者」として、文部大臣に表彰されています。
現在、平城宮跡・朱雀門の近くに棚田の銅像が建てられています。

(以上のまとめは、wikipedia・奈良文化財研究所・春日野奈良観光 の各サイトを参考にしました。)

ここでこのお墓を見なければ,私はきっとこの後も棚田嘉十郎のことを知らずに過ごしていたことでしょう。


最後に、東大寺の南にある建物の写真を。
明治35年に竣工した、旧奈良県物産陳列所です。この建物の設計者が、上で名前が出てきた関野貞なのです。
建物はその後名称を変えて利用されており、現在は奈良国立博物館の仏教美術資料研究センターとして利用されています。ぜひ中に入ってみたいです。
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posted by Sakyo K. at 20:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 建築

2017年07月19日

旧奈良監獄見学会(3)


(つづきです)

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第二寮の北側を通ります。

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第一寮の東の棟。倉庫と廊下です。

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ここから医務所に入ります。被収容者の診察を行っていた区域です。
入り口奥から事務所、レントゲン室、歯科治療室、薬剤室、診察室,処置室、薬品庫が配置されていました。

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少し進んで,吹き抜け天井の部分です。

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室名をしっかり確認しませんでしたが、ひとつの部屋の内側です。

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こちらは病棟になります。病棟の一部分は、近年は外部通勤作業従事者の居室として半開放の状態で利用されていました。カラフルな扉はこのときの改修で色彩豊かなものに変えたらしいです。

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こちらは病室の内部。通常の居室より大きくつくられていました。

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これは病棟部分の外側です。

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この建物は、精神的に不安定になった受刑者を、一般居室棟と離れた場所で収容したところです。不安定な人が発する騒音やの大声の影響を避けるためだそうです。

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内部はこんな感じでした。

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これは江戸時代に使われていた牢獄です。
奈良監獄ができた当時の日本は,外国との不平等条約を改正したいと願っていました。法制度や監獄の整備も、外国と対等に交渉できる国になったことを示す材料の一つでした。
そのため、江戸時代の奉行所で使用していたものを展示し,明治の監獄が江戸時代に比べて大きく違ったものになったとアピールするため、展示物としてここに設置したそうです。

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敷地北側のレンガ塀。

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見学コースを一周し,本館の前に戻ってきました。

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見学終了。正門から出て撮影。
今回初めて内部を見学しましたが,たいへん興味深かったです。機会を設けていただきありがとうございました。

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旧奈良監獄の近くにあり、当日見た建物も掲載しておきます。

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こちらは旧奈良市水道計量器室。以前ポップアップカードとしてつくった建物です。 カードを作っておきながら,実物を見るのは初めてなのでした。奈良監獄見学のすぐ後に見たので、明治の煉瓦建築のつもりで見てしまいましたが,あとで確認したら大正時代のものでした。

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そのすぐ前にあるのは北山十八間戸(きたやま じゅうはちけんこ)。鎌倉時代に,西大寺の僧の忍性(にんしょう)がハンセン病などの重病者を保護・救済した福祉施設とのことです。ただ、現在残っている建物は江戸時代の寛文年間に現在地に移り,元禄時代に修築されたものだそうです。

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旧奈良監獄の中に建築模型がありましたが、般若寺の楼門です。この楼門は鎌倉時代の建立だそうです。
境内は工事中らしく、荒れている感じだったので入りませんでした。
posted by Sakyo K. at 19:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 建築
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